頭ではすっかり忘れてても、からだは覚えてるものですね。

記憶からはすっかりなくなっていた怪我

学生時代、スノーボードに夢中になっていた僕は、オフシーズンのトレーニングにとスケートボードを始めました。

徐々に板をコントロールできるようになり、まあまあ調子に乗っていたのでしょう。

オーリーという技で障害物を飛び越え、着地しようとした瞬間

ブチッ!!!!

という音が、あたまの中にまで響いたと同時に、足首にものすごい痛みを感じ

あっという間に、膝から下は内出血で紫色に変化し、その場で動けなくなりました。

病院にかかり足関節外側靭帯損傷と診断され、その後しばらくギプス生活が始まりました。

伸びた靭帯は元に戻らないということは知っていながらも、当時の自分は「若いし大丈夫だろう!」ぐらいに考えていました。

日常生活に支障もあったので、予定より早くギプスを外して少し痛みを感じながらもこれまでと同じ生活に戻りましたが、

あれから17年、すっかり怪我をしたことすら忘れていました。

しかし、ちょっとしたからだの不調をきっかけに、自分のからだを色々と気にし始めて、その当時の怪我のことを思い出すことになりました。

 

からだは記憶する

思い起こすと、あの怪我から始まって小さいながらもからだの不調がありました。

自分ではすっかり治ったと思い込んで、好き勝手動いてきたのも災いしているのでしょう。

因果関係こそわかりませんが、二度の椎間板ヘルニアもそれに影響しているような気がします。

怪我のあと、からだを庇って動いていたことで変な癖がついていたのもわかります。

私たちのからだは重力の影響を受けて、それぞれに影響をしています。

からだのどこかの形状が変われば、重力の影響を受けて異なる場所に力が加わります。

ミリ単位の変化でも、距離が遠くなればそれは大きな変化になります。

記憶からはすっかり消えていた怪我も、からだにはしっかりと刻み込まれていました。

幸い、こうした仕事をしていたことで気づくことができ、改めて17年前の怪我と向き合うことによってコンディションは快方へと向かっています。

 

からだは静かに語っている

よく「人の生き様は、顔に出る」と言いますが、顔だけではなく、からだにはその人の歴史が刻まれています。

怪我や病気による影響だけでなく、姿勢や、しぐさ、声の質や、動き方や思考は、その人をそのまま現しています。

ふとした時に気づくことができるのが幸せなのか、そうでないのかはわかりませんが

気づいたときにどう感じて行動するかによって、その先にある未来は変わってくるでしょうね。

からだに痛みがあったりなかったり、からだに不満があったりなかったり、心にも痛みがあったりなかったり、自分では気づいていないそんな些細なことも、からだには記憶されているはずですから。

替えのない自分のからだ、大切にしっかりゆっくりじっくり向き合っていきたいですね。

メンタルがからだにどう作用するか、気になる方はこんな本も出ているのでぜひ手にとってみてはいかがでしょう。

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