膝に痛みがあり、お医者さんには「手術しかない」と言われるほど生活に支障があった方が、帰りには階段をサササッと降りて帰れるようになる。だから、ひとのからだはおもしろい!

からだを良くしたいという想いが、からだを変える

タイトルの通り、膝に痛みがありまっすぐに立つことが難しかったご高齢の女性が家族に付き添われてスタジオを訪れてくれました。

女性は男性に比べて関節の不調(変形)が起こりやすい

セッションの前に話を聞くと、10年以上前に開腹手術を受けて組織を摘出しており、その後少しずつ脚に不調を感じ始めたとのこと。

 

その後左右の膝の手術を受けて一時的には良くなったものの、加齢とともにまた少しずつ痛みが強くなり、近頃ではお尻から脚にかけて痺れと痛み(お医者さんにはかかっていないとは言っていましたが、おそらく坐骨神経痛)があり、もう手術は嫌だから、どうにかして良くなるといいなと考えておられた際に、お友達から話を聞いたことがきっかけでいらしてくれたようです。

 

 

膝に痛みや変形がでる理由

 

もちろん様々な理由がありますが、大雑把にいうと、

脚に伝わった体重が正しく足に伝わっていないから

です。

 

それに加え、

女性は閉経後にホルモンバランスが変化することによって骨が弱くなる

ことも男性より関節の変形などのトラブルの理由になっているようです。

 

前後左右均等に体重が伝わらず、どこか一箇所に体重がかかり続けることでからだは正常に機能していないとして「痛み」を感じ始めます。

 

痛みを感じることは「正常ではない」「組織が機能していない」ことを脳に伝えるサインなのですが、そのサインを痛みどめやブロック注射やなんだかんだで感じなくさせてしまっては、痛みを感じなくなるだけで、痛みを感じさせた原因についての解決策にはなりません。

にも関わらず、多くの方がお医者さんに言われるまま、膝に溜まった水を抜いたり、ブロック注射をしたり、痛み止めを使ったり、湿布を貼ったり、運動を控えたり、からだとしては本来やって欲しくないこと(間違ったこと)を行なってしまいます。

 

痛みに対して、正しくリアクションすることができれば、早めに体調を回復させることができるのですが、なかなかこのことは知らせていません。

 

むしろ加齢による組織の摩耗ぐらいに考えられ、いかにもそれらしき言葉によって私たちはバイアスがかけられてしまっているのだとしたら…

 

せっかくの治るチャンスも不意にしてしまうことになってしまします。

大東流合気柔術講習会 @四万十市

武術の講習会(ワークショップ)のお知らせ


来たる7月、四万十市で大東流合気柔術の講習会が行われます。

 

写真にもありますが、テレビなんかで見たことがある勝手に体が動いてしまうあれです。

 

映像で見ている限りでは、どうにもヤラセな感じが否めないんですが、体感してみるとあれはマジなやつで

 

先生は何もしていないのに、そう動かないことには「嫌」な感じがするので自然とからだが動いてしまうんです!

 

僕もまだ一度しか講習を受けたことがないので、言葉で説明するのは難しいのですが、ちょっとでも興味があるならぜひ参加してみてください。

 

他へ講習を受け行くことなく、四万十市で2日間充実の講習が受けられます!

 

百聞は一見にしかず、習うより慣れろです!

 

いきなり相手がぶっ飛んだり、先生にぶっ飛ばされたりすることはないので「合気とは…」というところからわかりやすく指導を受けることができます。

 

僕も参加しますので、興味のある方は一緒にどうでしょうか。

 

大東流合気柔術についてわかりやすい動画があったので埋め込んでおきます。

 

なお、詳細につきましてはこちらからご確認ください。

先生のWebページにジャンプします。

トレーニングには巧緻性が欠かせない

サーフィンが上達するためのコツ

ここで話すことは、初めてサーフィンをする人が板に乗れるようになる話ではなく、サーフィンがある程度できる人がもっと上達するためのフィジカルトレーニング的アプローチの話です。

 

これからサーフィンを始めたいという人は、サーフィンスクールに入って半日なり1日なりレッスンを受けるか、上手な人について行って見よう見まねで経験を重ねることが上達する近道ですよ。

 

ちなみに、僕はスノーボードは白馬をホームゲレンデに7シーズンほど篭っていましたが、サーフィンはロングボードにやっと乗れるかどうかぐらいのほぼ初心者であるということは先に伝えておきます。

 

サーフィンをやらない人がサーフィンが上達するためのコツを教えられるの?と思うかもしれませんが、他の人はわかりませんが、僕は教えることができます!

 

具体的に何ができるかというと、からだの使い方、からだの動かし方、からだの認識力(空間把握力)をセッションごとに向上させることができます。

これらは水中では絶対にできないことで、海から上がった陸上だからできることなのです。

 

陸上で不安定な足場を作り、安定した状態でからだを動かすことでわかる

Pro surfer Kelly Slater surfs during his heat Thursday in the Hurley Pro held at Trestles at San Onofre State Beach.
(Photo by Mark Rightmire, Orange County Register/SCNG)

経験した人にしかわからないのですが、水の上に浮いた板の上に乗り続けるのって思った以上に難しい。まして体勢がわけのわからないことになってるのに、足が板にピタッと引っ付いているなんてさらにわけがわかりません。

 

まして、その板は波によって移動するんですから、重心が少しでもずれるとドボンです!

 

水の上で練習しようにも、波は一期一会なので同じ状況になることは2度とありません。

一方で、波の上にいる感覚とは違うけれども、振動し不安定な足場を作り、波の上を滑る代わりの抵抗力を加えることで、からだの癖を把握しながら全身が繋がった状態でからだを動かすことを繰り返すことができます。

 

波の上での動きは上手くなくとも、からだの繋がり(筋肉の連鎖)をわかっていれば様々なシチュエーションを作り出し、動きを導くことができます。

 

他にも、足元でうねる波をからだに同調させるためのトレーニングや、からだ本来がもつ力を引き出すためのコンディショニングなど、陸の上だからこそできることがたくさんあります。

 

トレーニングはからだを大きく・硬くすることが目的ではなく、からだの操作性を高めることに他ならないのです。

 

ひとりひとり、からだは違う

サーフィンスクールに入ることで、サーフィンを習うことはできます。でも、ひとりひとりのからだの個性に合わせた指導なんてできません。

 

その点、からだの個性に合わせた指導に特化しているので、サーフィンに限らず、からだの動かし方やその改善方法などについては、まさに要望に合わせた無数の提案をすることができます。

 

もちろん、それを体得する心意気があってこその話ですが。

興味のある方はご予約の上、ぜひ一度スタジオにお越しください。

じぶんになる。

「じぶんになる」ってどういうことだと思いますか?

 

きっとそれは生まれたときの状態に近づくということではないでしょうか。

 

多くの人は、生まれてきたときに肥満であったり、腰痛だったり肩こりだったり何かを患うことなく、元気に生まれてきます。

 

しかし、さまざまな経験をし、色々なものを溜め込み、不調が出てきて、痛みを感じるようになり。

 

それを「加齢」のせいにしたりするようになります。

 

生まれてきたときはそんなことなかったのに。。。

 

そこで「健康を取り戻そう」と努力するかしないかも、その人次第。

 

あるひとは自分で頑張ろうと思うでしょうし、あるひとは薬に頼ろうとするでしょうし、あるひとは開き直ってしまうかもしれません。

 

変わろうと努力する人は、色々なことを調べて、それを試したりするでしょう。

 

ジムに通ってみたり、DVDを買ってみたり、本を読んでみたり。

 

そうすると、なんとかトレーニングとか、なんとかメソッドとかいろんなものがあるということに気づきます。

 

どれも正しいことを言ってて、どれが正解なんだろうと思うことがあると思うんですが

 

結局、なんでもいいんですよね。

 

もちろん正解はあるとは思います。

 

でも全ての人に当てはまる正解なんてないんです。

 

生活もからだも、ひとりひとり全然違うんですから。

 

これだけやっておけば健康になれるみたいなのは幻想です。

 

だからラ*ザップみたいなパーソナルトレーニングが流行ったんでしょう。

 

個人に合わせて、体調管理をして、食事制限をしてストイックに…

 

そりゃ他人にゴリゴリに管理されたら誰でも変わりますよ。

 

それで変化がないのなら、隠れてこそこそやってるってことなんです。

 

あるいは管理から外れたら、タガが外れたように元に戻る。

 

結局自分のからだとどれだけ向き合うかってことなんです。

 

自分の生活、カンタンにいうとどんな食事をして、どれだけ消費しているかということ。

 

どれだけ不自然なものを口にして、どれだけ不摂生をしているかということ。

 

無意識のうちに、暮らしの中でからだに癖ができていることに気づくということ。

 

目を背けたいことからも目を逸らさず、しっかりと鏡の中に映るじぶんと向き合うこと。

 

痛みというからだの声に耳を傾け、その原因を探ろうとすること。

 

そうして自分のからだに責任を持ち、からだが快適に動けると感じる方向へ導くことが必要になります。

 

厳しく追い込むんじゃないですよ!!

 

快適に動けると感じる方向へと移行するんです。

 

健全なる精神は健全なる身体に宿るという表現がありますが

 

からだがリラックスしていると、ひとに優しく接することができます。

 

逆に、ひとに優しくできないとき、からだには力が入っています。

 

怒っているとき、怒られているとき、お腹に力が入って息をこらえています。

 

動物もお腹がぎゅっと縮まった姿勢は、全く気持ちが落ち着いていません。

 

からだをぎゅうぎゅうに締め付けて、心もぎゅうぎゅうに締め付けるのではなく

 

心もからだも心地よく、快適に過ごせるよう、自分のからだの声に耳を傾ける

 

そのためにはトレーニングが必要かもしれません、瞑想も必要かもしれません、常に揺れ動く自分のからだと心を観察し、その挙動に対して対処するそして、自分で揺れをコントロールして、より快適な状況を創り上げるということが

 

コンディションを高く保つということではないでしょうか。

 

コンディションを高く保つことができると、常に高いパフォーマンスを発揮することができます。

 

それがスポーツでもアートでも、仕事でもなんでも高いパフォーマンスを発揮し続けることがどれだけ難しいのかは知っているハズです。

 

私たちはからだの外側の世界から絶えず何らかの刺激(ストレス)を受けています。

 

その刺激により、からだが反応し、その反応によって「私」という意識が変容するので、からだを最高のパフォーマンスができる状態(コンディション)に保っておくことが大切になります。

 

強さを勘違いして、大きな重い鎧をつけてじぶんを欺くのではなく、

 

等身大のじぶんとずっと向き合い続けることのできる、感度の高いからだでいることを考えてみませんか?

 

誰に何を教わることもなく、生まれてから2本足で立てるようになったわけです。

 

重力を感じながら、どうやったら自由に行動範囲を広げられるか一所懸命考えながら、少しずつ自由を獲得してきたことを思い出してください。

 

一所懸命にじぶんのからだを動かしてきましたよね。

 

それがいつしか、からだを動かすのがしんどい…に変わってたりしませんか?

 

敏感に刺激に反応して、柔軟にからだを動かすこと思い出してください。

 

死ぬまで替えが効かないのがからだです。

 

からだを見ず、からだを魂の棺桶にすることがないように。

 

どうしたら「じぶん」が快適にいられるのか、感じ、動くことやっていきましょうね。

 

 

自分の体重を使ったトレーニング

トレーニングの一コマ

からだを自由に操ることができることはとても大きな要素だ。

 

しっかり立っているつもりでも、ポジションが変化するとからだを支えられないということは、そもそも立てていないということになる。

 

2本足から、4本の手足でからだを支えるのだから脚の負担は減り、自由度は上がるはずだ。

 

にも関わらず、脚の自由度が下がり、からだを支えることができなくなるようでは体重に押しつぶされることになる。

 

重りを使ったトレーニングも効果的だが、からだを100%に使いこなせるようになってからでもイイのではないかと思う。

 

 

 

 

からだに対するリテラシーを高めるために

「体幹」 NO!!

時代とともに変化に柔軟に対応することがパラダイムシフトになるということを書きましたが、それに伴いひとつ提案です。

 

「体幹」

 

という謎めいた言葉を使うのをやめませんか?

 

便利なのはわかるんです!

 

どうってことのないエクササイズでも「これで体幹が鍛えられる!」と書かれると、ついやったほうがいいのかなと思うし

 

ある種の免罪符とでもいいましょうか、〇〇もできて、さらに…みたいなお得感を演出することができる言葉なんです。

 

つまり「体幹」がからだのどこの部位を示すのか、どういった機能を示すのか、結果どのような変化を感じることができるのかわからず使ってるということです。

 

コミュニケーション自体がとても曖昧なものだと思いますが、例えば大切なミーティングであえて曖昧な言葉を使ったりしませんよね。

 

でもトレーニングでは普通に使われているんです。

 

魔法の言葉 「体幹」

 

まさに whisper word of wisdom “TAIKAN” と言ったところでしょうか。

 

今では当たり前になったけれど…

 

体幹トレーニングという言葉、今でこそ当たり前になった気がしますが

 

それ以前は、なんて言ってたんでしょうね。

 

腹筋・背筋?

 

時代を遡ることができないので、昔の記憶に頼るしかないのですが

 

大学でからだのことを学びはじめた2000年は、まだ「体幹」という言葉はなかった気がしますが、

 

フィットネスクラブで働きはじめた2004年には「体幹」という言葉を使っていた気がするので、この頃ではないかと思います。

 

それ以前、部活に明け暮れていた1990年代後半はまだ腹筋・背筋でした。

 

腹筋・背筋が「体幹」に変わるところは一体何があったのでしょうか。

 

そして変化のポイントから20年近くが経過しているのに、「体幹」の定義が一般に広まっていないのはどういうことでしょうか。

 

もっというと、体幹トレーニングをしているのに腰痛や肩こりがなくならない人が後を絶たないのはどういうことでしょうか。

 

 

あれも体幹、これも体幹、体幹だらけなのに変化を感じられないのはどういうことでしょうか。

 

ひょっとしたら「体幹」という言葉は、誰も意味がわからないまま使っている幻のような言葉なのかもしれませんね。

 

そんな幻のような言葉、概念なら使うことをやめたほうが、もっと自由なからだになるチャンスをつかむことができるかもしれませんね!

 

ついついSEOにヒットするので使ってしまう「体幹」という言葉、ほとんど使うことはないですが、こうまで言ったので今まで以上に使うことを避けていきたいと思います。

新たな時代へ

概念を理解するのと体感するのは全く異なる

 

これまでは「筋力を強化することばかりに注目が集まった時代」でした。

 

そこから急に違うことを言われても、素直にはいそうですかなんて受け入れることはできません。

 

だって、これまでのことを否定するようなことに感じてしまうから。。。

 

 

そうではなく、筋力アップすることもいいけれども、例えば関節の動きを制限することなく強化することができれば、尚良いのです。

 

必要以上に筋肉がついてしまったチーターをみたことがあるでしょうか…

 

バルクアップを(からだを大きく)するためにしている努力には頭が下がりますが、

 

関節可動域を犠牲にしてまで、手に入れるほどのものがあるとは思えないのです。

 

平成から令和へ。

 

体幹から体感へ。

 

大きくするための筋トレから操作性を高めるための筋トレへ。

 

今は、そんなアーノルドシュワルツェネッガー時代からのパラダイムシフト真っ最中なのですが、

 

先日、ずっとワークショップに参加してくれてる方から「からだが張力によって支えられてる感じがする」と言ってもらうことができました!

 

 

まさに背骨にテンセグリティを感じたということができた瞬間だったということです!

 

いろいろな動きを統合し、様々な動きの中心に背骨があることを感じ、そこから力が四肢へと伝わることを文字通り、からだで感じてもらうことができたのです。

 

 

関節の役割、骨と骨の繋がり方、筋肉の収縮のさせかた、からだ全体を捉えることができないとそうした体感は得られないのですが、からだと向き合ってしっかりと、そうした感覚を得ることができました。

 

 

このことは大海に落ちた一粒の雫ほどかもしれませんが、その雫が作りだす波は全体へと伝わります。

 

はいはいを始めた子どもがあっという間に歩きだし、日々成長するように

 

からだの中に張力を感じることができたところから、脳はからだの記憶の上書きを始めます。

 

今日という日と同じ日がないように、からだも同じ状態でずっといることはなく変化を続けます。

 

良くなることもあれば、ちょっとしたことで悪くなることもあります。

 

からだの表面的なことだけではなく、より深層への注意(責任)も伴ってきます。

 

それでも今日より明日の方が、からだの使い方が巧みであることができるよう、

 

からだ(の動き)に意識を向け、巧緻性を日々高めて行くことができるのを楽しんでもらえたら、ボディワーカー冥利につきます。

 

 

からだから思考を、思考から行動を、行動から生活を。

 

そんなからだを通した「気づき」を促すワークショップにもぜひご参加ください。

en 〜灯りと自然と音楽と〜 2019

en 〜灯りと自然と音楽と〜 2019

 

仁淀ブルーで有名ないの町のずっと奥。

グリーンパークほどので行われたイベントに遊びに行ってきました。

 

四万十市から車を走らせること約3時間、土佐ICで高速を降り、そこから下道で小一時間。

一般社団法人仁淀ブルー観光協議会より引用

 

会場の近くには、近年パワースポットとして有名になってきたニコ淵もあり、自然豊かな高知ですが、その中でも自然に囲まれている素敵な会場でした。

日没とともに、ひょうたんランプ(hyotan magic)とキャンドル(mow candle)のあかりが優しく映り

心地のいい森の香りと、心地のいい音楽が流れて、一瞬どこにいるのかわからなくなる感覚になります。

 

日頃の生活と離れることで、色々と感じたり、見えてくることがあります。

現代の生活では、どうしても頭で考えることが多くなって、からだで感じる機会が少なくなっている気がします。

便利さを否定する気もありませんが、不便さがわかった上での便利さをありがたく享受したいですし、

何より自然の中に身を置くことで、五感で感じることを高めたいなと思いました。

 

ともあれ、毎年この時期に開催しているので、来年はぜひ足を運んでみるのもいいかもしれません!

日帰りはしんどかったので、来年はキャンプインで参加したいですね〜!

有機的なからだで有機的な作物を育て、有機的な暮らしをつくる

有機的な農業と有機的なからだ、有機的な暮らし

ずっと温めていたプロジェクトをこの春からスタートさせます!

今日食べたもので明日のからだは創られる

いつの時代からか、畑で野菜を作るときによく分からない名前の”クスリ”を使うようになり、食べものにも同じようによく分からない名前の”クスリ”を使うようになった。

それは安全性のためと言ったり、生産性を高めるためと言ったりされているが、本当に必要なのだろうか。

生産性を高めるため、根まで枯らすというのが売り文句のグリホサート(除草剤)を使用したものをあえて選ぶだろうか。

私たちのからだは、私たちが食べるもので創られる。

であれば、私たちが食べるものは、私たち自身で作ることができた方が安心だ。

 

土壌を育て、からだも育てる

種を蒔けばなんでも勝手に育つわけではない。

子どもを持って分かることがあるなんて言うが、畑をやってみると分かることがたくさんある。

何かを育てるということは、大きな労力を必要とする。

それを機械に任せ、クスリに頼ると、一見生産性が上がったように思えるかもしれないが、長期的視点から考えると実はそうではない。

事実、日本各地で耕作放棄地は広がり、ほったらかしの山林が増え、人口が減少し地方は困窮している。

地道な作業かもしれないが、からだを動かし、作物を育て、地域を育て、子どもを育てることは未来を創ることだと言えるのではないだろうか。
ある意味で、からだは絶対にじぶんを裏切ることはない。

メンテナンスを怠れば、コンディションは落ち、不摂生はそのままからだに現れる。

エネルギーが不足しても過多になっても、からだを動かすのが難しくなる。

不整地での労働は、体幹が安定していないと困難を極めるため、からだも育むことができる。

からだを動かすことがしんどいと思われているが、楽にからだを動かす方法を探るのがトレーニング的要素を持っている。

からだが大きくても、小さくても、意のままにからだを動かし、働き、休養で回復を促すことができれば一定のパフォーマンスをずっと継続することができる。

幾つになっても経験を重ねている分だけ、からだを動かすことに関しては巧みになることができる。

これはスポーツの第一線で続けることは難しいが、日常生活のなかで続けることは可能だと考えられる。