体幹と手脚をつなぐ基本的な動き

前回のポストで、からだの不調にはバランスボールは??という提案をさせてもらいましたが

 

からだに不調があると言うことは、基本的な動き方ができていないということです。

 

いやいや!!と言いたい気持ちもわかりますが、この動きできますか?

 

あるいはできそうですか?

 

少なくとも「これは難しい!!」と思うような動作ではないですよね??

 

短い動画ですから、2,3分時間をいただいて少し寝転がれる場所でやってみてください。

これらは「セグメンタルロール」と「ターキッシュゲットアップ」と言われる動きです。

 

セグメンタルロールは赤ん坊が寝返りをする際に行われる動作で、背骨に順々に力を通し、床からの反発という最小限の力で最大限に動きを広げることを目的とした基本的な動きです。

 

ターキッシュゲットアップは、トルコ人がこのように起き上がるかは謎ですがそうした名前がついた動きの名称です。

 

どちらもキツイ!!と感じるようなら、動き方は間違っていると言えます。

 

あるいは明日以降、筋肉痛になるようでしたら赤ちゃんが2足歩行を習得する流れをもう一度学習することを進めます。

 

ということで、セグメンタルロールからターキッシュゲットアップまで一連の流れが楽々できるように動きを反復してください。

生きることは食べること。

あなたにとって「生きる」ってどういうことですか?

あれになりたい、こんなことがやりたい!!

そうやって夢を実現することも「生きる」ということだと思います。

でも果たしてそれだけでしょうか。

もっと身近で、もっと自分に関わりがある暮らしを作ることも

日々を「生きる」ことになるんじゃないでしょうか。

私たちは、何をしなくても日々お腹が空き、食事をしてエネルギーを補給し、からだを動かしエネルギーを消費し、また食事をし、時には排泄をし、1日の終わりにはからだを休めて…という日々を繰り返し行なっています。

そして気がつけば10年が経過していて「えっ!」と驚くことも。

その10年も大きな怪我や病気もなく過ごせたのなら良いのですが、場合によっては怪我や病気を患ったり、不調に苦しむことになることも。

もちろん全ては不測の事態でそうなるとはいえ、繰り返されるルーティンに潜むきっかけは積もり積もって、あるとき堰を切ったように何かしらの変化を起こす可能性も秘めています。

実に回りくどい言い方をしましたが、日本では医食同源という言葉があ理、英語圏でもyou are what you ateといい表現があります。

食べたもの、つまりからだの中に摂取したものでからだはできているということです。

直ちに影響はないとされている放射性同位体が含まれているかもしれない食品

作物には吸収されることはないとされているグリホサート

なんだかよくわからない、たん白加水分解物乳化剤、そして様々な食品添加物

あれもこれも必要以上に気にしていると食べるものがなくなると言いたくなるのもわかりますが、自分が口にする食べ物に全く注意を払わないというのもなんだかね…

だって、地面に落ちたものですら食べるのを躊躇うんですから…

「生きる」ということについていろいろな意見があると思うんですが、生きるということはひとつ「食べる」ことではないでしょうか。

生きることは食べること

つまり口にするものがどのようにできるのか知ることは大切です。

例えば、天然物と養殖物の違いはものすごく大きいです。

本来そこで生息しない種を、ビジネスのために養殖しようとすると、耐性のない種を育てるため殺菌のために膨大な抗生剤を投与することが必要になります。

つまり抗生剤がないと生きていけない種を、食品(養殖)として食べるわけです。

スーパーの店頭に並んだ時には天然と養殖ということでしか違いはありませんが、その差は劇的です。

さらにゲノム操作をする技術が導入されようとしています。

ゲノム操作というと濁されますが、わかりやすくいうと遺伝子操作です。

遺伝子操作をすることで、人為的に耐性をつけたり、肉の量を増やしたり、自然界に存在しえない生き物を作り、それが食品として食卓に並び私たちの口の中に入る可能性もゼロではありません。

遺伝子組み換えなどというと、現実からは程遠いように思うかもしれませんが、みつひかりつくばSD1号などは現実にファストフード店で使うため各地での栽培がすでに始まっています

普通に考えると、安心安全のために手間をかけて育てたものが安く提供されるなんてことはないんですけどね。

安さを求めるがあまり、安全性がないがしろにされているのは否めないでしょう。

生きた環境じゃないと生きた作物は育たない

例えばお米、市販のは安いけれど、無農薬でこだわって作ったものは高い。

それは需要と供給の市場原理ももちろんですが、決定的に味が食感が違うからではないでしょうか。

もちろん食べたことがなければ比べようがありませんが…

味や食感はもちろんですが、そのものが育つ環境も大きく異なります。

除草剤を使った田んぼと、除草剤を使わない田んぼでは、田んぼにいる生き物が違うんです。

除草剤を使うとどうしても生態系に負荷がかかってしまうため、タニシやヤモリ、カエルなど綺麗な水を好む生物は住むことが困難になり

食物連鎖といわれる、有機的な繋がりがなくなった環境と、それがある環境では、そのものが持つ力(エネルギー)に差が出てきます。

除草剤を使わないという選択をした分だけ、除草という肉体労働が伴いますが、農薬(化学薬品)を使わない分、安心は担保されます。

口にするもの全てにこだわって生きていくのは難しいかもしれません。

だけど、毎日口にするものは、できれば安心安全な方がいいのではないでしょうか。

からだには排出しようとする力は備わっていますが、それは万能ではありません。

少量でもコンスタントにからだに入ってくるものに対しては、蓄積する一方です。

からだの特定の部位に蓄積していき、そこがある特定の閾値を超えたところで調子を崩すことになるかもしれません。

生きることは食べること、どうせ食べるならからだに良いものを。

からだに良いものを食べるなら、からだに良いものを作る現場を知ることは欠かせません。

そしてからだに良いものを食べるだけじゃなく、からだを良い状態に保つために動けるようにいなければ意味がありません。

健やかなからだ、健やかな思考、健やかな暮らし、そして日々を生きる。

ただぼーっと息をしているだけなら生きていると言わないのではないでしょうか。

そんなことを生き物がたくさんいる田んぼで除草作業をしながら考えながらからだを動かしていました。

瞑想とエクササイズ、食育と体育、ひとのからだに携わる仕事をしているじぶんが「農」に関わろうとするのは「生きる」ことと密接に関わりがあるからに違いありません。

有機的なからだで有機的な作物を育て、有機的な暮らしをつくる

有機的な農業と有機的なからだ、有機的な暮らし

ずっと温めていたプロジェクトをこの春からスタートさせます!

今日食べたもので明日のからだは創られる

いつの時代からか、畑で野菜を作るときによく分からない名前の”クスリ”を使うようになり、食べものにも同じようによく分からない名前の”クスリ”を使うようになった。

それは安全性のためと言ったり、生産性を高めるためと言ったりされているが、本当に必要なのだろうか。

生産性を高めるため、根まで枯らすというのが売り文句のグリホサート(除草剤)を使用したものをあえて選ぶだろうか。

私たちのからだは、私たちが食べるもので創られる。

であれば、私たちが食べるものは、私たち自身で作ることができた方が安心だ。

 

土壌を育て、からだも育てる

種を蒔けばなんでも勝手に育つわけではない。

子どもを持って分かることがあるなんて言うが、畑をやってみると分かることがたくさんある。

何かを育てるということは、大きな労力を必要とする。

それを機械に任せ、クスリに頼ると、一見生産性が上がったように思えるかもしれないが、長期的視点から考えると実はそうではない。

事実、日本各地で耕作放棄地は広がり、ほったらかしの山林が増え、人口が減少し地方は困窮している。

地道な作業かもしれないが、からだを動かし、作物を育て、地域を育て、子どもを育てることは未来を創ることだと言えるのではないだろうか。
ある意味で、からだは絶対にじぶんを裏切ることはない。

メンテナンスを怠れば、コンディションは落ち、不摂生はそのままからだに現れる。

エネルギーが不足しても過多になっても、からだを動かすのが難しくなる。

不整地での労働は、体幹が安定していないと困難を極めるため、からだも育むことができる。

からだを動かすことがしんどいと思われているが、楽にからだを動かす方法を探るのがトレーニング的要素を持っている。

からだが大きくても、小さくても、意のままにからだを動かし、働き、休養で回復を促すことができれば一定のパフォーマンスをずっと継続することができる。

幾つになっても経験を重ねている分だけ、からだを動かすことに関しては巧みになることができる。

これはスポーツの第一線で続けることは難しいが、日常生活のなかで続けることは可能だと考えられる。