概念を理解するのと体感するのは全く異なる
これまでは「筋力を強化することばかりに注目が集まった時代」でした。
そこから急に違うことを言われても、素直にはいそうですかなんて受け入れることはできません。
だって、これまでのことを否定するようなことに感じてしまうから。。。
そうではなく、筋力アップすることもいいけれども、例えば関節の動きを制限することなく強化することができれば、尚良いのです。
必要以上に筋肉がついてしまったチーターをみたことがあるでしょうか…
バルクアップを(からだを大きく)するためにしている努力には頭が下がりますが、
関節可動域を犠牲にしてまで、手に入れるほどのものがあるとは思えないのです。
平成から令和へ。
体幹から体感へ。
大きくするための筋トレから操作性を高めるための筋トレへ。
今は、そんなアーノルドシュワルツェネッガー時代からのパラダイムシフト真っ最中なのですが、
先日、ずっとワークショップに参加してくれてる方から「からだが張力によって支えられてる感じがする」と言ってもらうことができました!
まさに背骨にテンセグリティを感じたということができた瞬間だったということです!
いろいろな動きを統合し、様々な動きの中心に背骨があることを感じ、そこから力が四肢へと伝わることを文字通り、からだで感じてもらうことができたのです。
関節の役割、骨と骨の繋がり方、筋肉の収縮のさせかた、からだ全体を捉えることができないとそうした体感は得られないのですが、からだと向き合ってしっかりと、そうした感覚を得ることができました。
このことは大海に落ちた一粒の雫ほどかもしれませんが、その雫が作りだす波は全体へと伝わります。
はいはいを始めた子どもがあっという間に歩きだし、日々成長するように
からだの中に張力を感じることができたところから、脳はからだの記憶の上書きを始めます。
今日という日と同じ日がないように、からだも同じ状態でずっといることはなく変化を続けます。
良くなることもあれば、ちょっとしたことで悪くなることもあります。
からだの表面的なことだけではなく、より深層への注意(責任)も伴ってきます。
それでも今日より明日の方が、からだの使い方が巧みであることができるよう、
からだ(の動き)に意識を向け、巧緻性を日々高めて行くことができるのを楽しんでもらえたら、ボディワーカー冥利につきます。
からだから思考を、思考から行動を、行動から生活を。
そんなからだを通した「気づき」を促すワークショップにもぜひご参加ください。