ひとつとして機能するからだ

からだは全体で機能している。
だから必要以上に、からだを細分化して考えることは効率が良いとは言えない。
まして腰が痛いから、腰の周辺を鍛えるというのはナンセンスだとも言える。
からだは “いい感じ” を知っている

2つの足で大地とコンタクトを取り、大地の状況に合わせた重心をコントロールし
足首や膝がぎゅっと固まってしまわないように、下からの力を股関節に伝え
股関節が突き上げられてしまわないように、上体の重さを被せながら、
骨盤からすっと上に伸びた背骨がリラックスした状態で、さらには腕の力が抜け
頭の重さが背骨を伝って足の裏、大地にまで届く姿勢でい続けることができれば
からだのどこかに痛みを感じることはないだろう。
さらには緊張が抜けた状態のからだでは、ゆったりとした深い呼吸が行われ
からだを巡る血液が、締め付けられることで渋滞を起こすこともなさそうだ。
「わたし」が思うように、からだを支配するのではなく、
からだが快適だと感じるように居れば「わたし」もまた心地よくいることができる。
からだが言うことを聞かないのではなく、「わたし」がからだの声に耳を傾けないのだ。
それはきっと、自分以外の誰かになりたいと思った頃にできた感覚がだんだん大きくなっていったからではないだろうか。
子どもは、いつもエネルギッシュに動き回り、少し休憩をしたら回復をし、(お腹が空いた、抱っこして…etc)感情とも紐づけられている自分の欲求に素直で、いつも「素」のままでいるのを見ているとそんな気持ちになる。
からだに任せることを体験する
子どもたちを見ていると、素のままでいいんだなと感じる。
感情的に不安定になるのは、お腹が空いたとき、眠いとき、疲れたとき。
それ以外のときは基本的に “いい感じ” だ。
からだも感情も同じように “いい感じ” のときは、周りもいい感じで居られる。
怒られたり、我慢をしなきゃいけなかったり、悲しかったりしたときは、感情的にも肉体的にも、場の雰囲気的にも不安定さが増す。
自分がコントロールしているのではなくて、いろんなものにコントロールされているようにも思える。
だとしたら、からだのことはからだに任せて、勝手に “いい感じ” にやってもらえるようにすることを目指すのがBODYWORKSの10セッションだ。
BODYWORKS → BODY WORKS → からだが 機能する
からだをコントロールすることを止めると見えてくる世界

BODYWORKSの10セッションでからだはどのように変わっただろうか。
私たちはひとりひとり親が違う。
兄弟でも全然違ってくるのに、全ての人が同じ体型になろうとしているのは、些か不思議に感じてしまう。
親もちがう、仕事や家での暮らし方もちがう、傷病歴もちがう…それでいてどうして同じになろうとするのだろう。
自分が思っていた姿勢、からだの使い方、全てに違い(個性)があっていい。
大事なことは、重力とどう付き合うか。
つまり常にじぶんを押し潰しにかかろうとする力をいかに無力化するかということだ。
目に見えない力に押しつぶされなくなると、自然と重心はからだの真ん中へと移動し、頭が上がり、目線は前に向くようになり、デコルテ(胸)が広がり、お腹にハリが出て、お尻がプリッと上を向く。
からだが変わると、不思議と精神的なもの(気持ち)にも変化が現れる。
じぶん以外の何者かになろうしていた時と比べると、こころもからだも抑圧されるべきことがなくなり、感じる世界、見えている世界が変わる。

