進化の過程からみるトレーニングの歪さ

コバヤシヒロタ

前作「人生にトレーニングは必要か?」についてはこちらから。

 

長い進化の歴史の中で、人類は2足歩行という他の種にはない優位性を得た。

 

前足(腕)が自由になることで、行動パターンは大きく変化し、それに伴い脳の大きくなったという。

 

高い知能により、社会性はもちろんのこと、創造性や適応力は他の種を圧倒している。

 

そのおかげで、地上の覇者となったわけだが…

 

産業革命以降、私たちの暮らしは非自然的になった。

 

そのことが良いとか悪いとかではなく、自然からかけ離れた人類は、非自然的な生き物となってしまい、自然の摂理から離れたところで生きることとなった。

 

遥か太古に始まった狩猟採集から農耕生活へ、そして現代では都市に住み自らの足で歩くことはなく、自らの手で食料を生み出すことはなく、高度に文明化された社会で生きている。

 

そのことは、かつて自然と身についていた「身体の使い方」や知恵(コツ?!)のようなものが徐々に失われることを推進してしまっている。

 狩猟採集をしていたころに持っていた広い視野は、オフィスでモニターを眺めることで失われ

 

重力とのバランスを合わせすっくと立てていた自然な姿勢も、だんだんと崩れてきている。

 

今はスマートフォンやタブレットの台頭により、ほとんどの人は姿勢(を作り出す構造)が崩れてしまっている。

構造が崩れてしまっては、ポテンシャルを発揮することは難しくなる。

 

このように無意識のうちの生活様式が構造を壊し、パフォーマンスを下げているのだが、その事実に気づかずに「筋トレをすれば、下がってしまったパフォーマンスが改善される」と思ってしまっていることがまさに進化の過程からみるトレーニングの歪さ(いびつさ)である。

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